侍ジャパンWBC戦士のこれから「千賀 滉大」編~育成選手からWBCベストナイン。そして世界の高みへ~

侍ジャパンWBC戦士のこれから「千賀 滉大」編~育成選手からWBCベストナイン。そして世界の高みへ~

アメリカの初優勝で幕が閉じた「2017ワールドベースボールクラシック」。侍ジャパンは4大会連続でベスト4まで勝ち進み、日本野球の底力を世界の野球ファンへ見せつけた。今大会、世界から最も認められた右腕。それが4試合11イニングを投げて、16奪三振、防御率0.82の成績でWBCベストナイン投手部門に選ばれた千賀滉大である。

  • サムネイル
    gooスポーツ編集部
  • 公開日:

育成枠4位からのスタート

 千賀 滉大(福岡ソフトバンクホークス)は、1次ラウンドは3月8日のオーストラリア戦で6回裏から初登板し、この回はアウトすべて三振に奪う快投。7回表、中田 翔(北海道日本ハムファイターズ)の勝ち越し本塁打への呼び水を作ると、2回4奪三振の好投で勝ち投手となった。
 二次ラウンドのオランダ戦も、2イニング無失点。そして勝てば準決勝進出がかかるイスラエル戦では先発。5回無失点のゲームメイク。準決勝進出の原動力となった。

 準決勝のアメリカ戦は、7回裏から2番手で2イニングを力投。8回裏に内野ゴロで失点し負け投手になったが、最速154キロのストレートと落差抜群のフォークのコンビネーションで、7回はアメリカの5・6・7番を三者連続三振。世界の野球ファンに「SENGA」の名を轟かせた。

 そんな千賀の野球経歴は、必ずしも日の当たる場所を歩いてきたわけではない。愛知県立蒲郡高では。最速144キロ右腕として注目を集めたが、最後の夏は3回戦敗退。2010年秋、福岡ソフトバンクからのドラフト指名も「育成枠4位」だった。
 が、入団後は当時二軍投手コーチだった倉野 信次コーチとともに、腹筋・背筋をメインに鍛える体幹トレーニングや、ウエイトトレーニングによって肉体を強化。プロ1年目で、152キロをマーク。2年目には二軍戦で4試合に登板し、1勝1敗、防御率1.50と好成績を収め、2012年4月23日に支配下選手に登録され、4月30日の千葉ロッテマリーンズ戦でいきなりプロ初登板初先発も果たしいている。

 さらに、フォークをマスターしたプロ3年目は、セットアッパーとして活躍。155キロのストレートと落差抜群のフォークで、51試合登板で56回3分の1を投げて85奪三振と、三振が奪えるリリーバーとして台頭した。

出来上がった「お化けフォーク」の基盤

 ところがプロ4年目は19試合登板。プロ5年目の2015年は故障に苦しんで4試合登板のみ。その原因を追究した末、千賀は理想の投球スタイルを手に入れる。
 
 フォームは、これまで左腕のグラブを高く掲げてから、角度良く振り下ろすものから、左腕のグラブの位置を捕手に正対する形とし、これまで悩まされていた肩、ひじへの負担が飛躍的に軽減。トレーニングも年間通して継続し、1年間投げ切る体力的な土台を築いた。

 そしてWBCでも、うなりを上げた「お化けフォーク」の基盤も、この時期に培った。ボールを挟むときには人差し指に縫い目をかけ、ベースに目がけて投げるイメージで腕を振る。結果、ボールは左方向に抜けることなく、ほぼ確実にベース手前に垂直に落とすことができるようになった。昨季は12勝で先発ローテーション入り。169回・181奪三振。WBCでの大活躍はいわば、必然の産物だったのだ。

 かくして、MLB関係者からも高い評価が与えられるようになった千賀 滉大。育成選手からWBCベストナインへ。さらに高みとなる「MLB入り」へ。まずは2017年、福岡ソフトバンクホークスのパ・リーグV奪還へ向け、「超一流投手」と呼ばれる存在として背番号「41」は福岡ヤフオク!ドームのマウンドに立つ。

【寄稿】 by 高校野球ドットコム

内容について報告する