再戦でベルトを手に!ボクシング 村田諒太選手

再戦でベルトを手に!ボクシング 村田諒太選手

日本史上2人目のミドル級王者に輝いた村田諒太選手にクローズアップしました。

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    gooスポーツ編集部
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メダリストはプロ入り後も評判通りの活躍

村田 諒太(むらた りょうた)
生年月日:1986年1月12日
身長:182㎝
体重:72㎏
出身:奈良県
所属:帝拳ボクシングジム

高校時代に5冠を達成し、東洋大学時代には日本選手権優勝を果たした村田諒太選手は、2012年のロンドン五輪で金メダルを獲り、日本にその名を知らしめました。
翌年プロへ転向した彼は、デビュー戦で東洋太平洋ミドル級チャンピオンの柴田明雄選手と対戦し、2RTKO勝ちで圧巻のデビューを果たしました。初戦でタイトルホルダーから勝利を手にした村田選手はその後も勝ち続け、12戦12勝の圧倒的な強さでランキングを登っていきました。
これまでにミドル級の王者が竹原慎二選手しかいなかったように、日本人の体格を考慮すると世界と戦うには難しさがあったミドル級において、村田選手の登場は日本のボクシングファンの悲願であったと言っても過言ではないでしょう。

疑惑の残る一戦は異例の仕切り直しに

世界を相手に実力を証明してきた村田選手は、2017年5月20日、満を持して王座に挑みました。WBAランク1位の暫定王者アッサン・エンダム選手との対戦に勝利すれば、22年ぶり史上2人目のミドル級世界王者が誕生することになり、それを待望するファンが東京・有明コロシアムに集います。
試合では強打での有効打を狙う村田選手と、手数で相手を上回るエンダム選手、という構図になり、12ラウンドでも決着はつかず勝敗は判定に持ち込まれます。判定は1-2でエンダム選手の勝利となり、村田選手の初の王座挑戦は失敗したかに見られました。
試合後、ファンの間や各メディアでこの判定が検証され、この結果は「不可解」であると騒ぎになります。WBA会長も自身の採点では村田選手が勝利していたとし、村田選手へ謝罪するとともに王座決定戦の「再戦」を指示する事態となりました。

雪辱を果たして王座へ

そして10月22日、両国国技館でエンダム選手とのダイレクトリマッチ(他選手との試合を挟まない再戦)が開催されました。第1ラウンドから積極的な攻撃を繰り出した村田選手は、第4ラウンドにKOを予感させる優位な試合展開を見せつけ、エンダム選手を圧倒します。
第7ラウンド終了後、エンダム選手の陣営が棄権を申し入れ、今度は文句なしの勝敗が決しました。試合後両腕を掲げた村田選手は涙を見せて勝利を喜び、6ヶ月越しの王座挑戦は日本人2人目のミドル級王者誕生で幕を閉じました。

晴れてミドル級のタイトルホルダーとなった村田選手ですが、すでに次のステップを見据えているようです。WBAスーパーウエルター級王座であったデメトリアス・アンドラーデ選手が階級を上げミドル級に進出しており、村田選手は彼の名前を挙げ、自身の更なる実力を証明しようと意気込んでいます。
またその先には、WBAミドル級スーパー王者であり、WBC・IBFの統一王者でもあるミドル級頂点のゴロフキン選手への挑戦を窺わせています。村田選手にとってミドル級王座はゴールではなく、新たなスタートなのかもしれません。

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