箱根駅伝で起こった珍事件は?

箱根駅伝で起こった珍事件は?

年明け早々熱戦が繰り広げられる箱根駅伝。これまでに起こった珍事件をご紹介します。

  • サムネイル
    gooスポーツ編集部
  • 公開日:

あわやシード権逃す?コースを間違える

2011年に開催された第87回大会は、最後の10区で8位以下の4校によるシード権争いが白熱した大会でした。城西大学、日本体育大学、青山学院大学、そして國學院大学による、残りの3枠をかけた戦いに、まさかのハプニングが起こったのです。
國學院大学のアンカーであった1年生寺田夏生選手は、11位で襷を受け取ると3校を猛追し、終盤にはとうとう先頭に立ちました。ところが残り150mで、交差点を右折する中継車に誤ってついて行き、コースを外れてしまったのです。
それでも寺田選手は驚異のスパートを見せ、ハプニングにより一時は約10m離されてしまった城西大学を再び追い抜き、10位でフィニッシュ。國學院大学はこの大会で歴代最高となる10位になり、初のシード権を獲得することとなりました。

大事なものを忘れてスタート

1990年に行われた第66回大会では、選手が襷を忘れてスタートするという珍事件が起こりました。
大東文化大学が往路で完勝すると、出場校15校のうち8校が、復路で一斉繰り上げスタートになりました。
往路で14位だった亜細亜大学は、6区で1年生の田中寛重選手を投入します。一斉繰り上げスタートで8校が走り始めると、50mほどで田中選手がUターンしスタートへ戻っていきました。
田中選手はスタート前にチームメイトの首に襷をかけたままスタートラインに向かったようで、慌てて取りに戻った彼は約1分のロスを抱えて先行を追います。2人の選手を抜くなど健闘を見せた田中選手ですが、後半には左ふくらはぎの痙攣という2度目の悲劇が彼を襲い、区間14位に終わりました。

内容について報告する