大谷翔平にとってイチローはどんな存在なのか

大谷翔平にとってイチローはどんな存在なのか

えのきどいちろうの超・大谷翔平ウォッチング!(3) (写真提供・時事通信社)

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    gooスポーツ編集部
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 僕は度々、雑誌でスポーツジャーナリストの石田雄太さんと対談する機会があるんだけど、先月、『週刊プレイボーイ』の企画でお会いしたとき、大谷翔平について2人ともまったく同じ話をした。石田さんはファイターズ時代からずっと大谷を追いかけて、非常にていねいに取材されている方だ。僕とは情報源もスタンスも違うので、会ってお互いの見立てや拾ってきたエピソードをやりとりするのを楽しみにしている。こちらとしては石田さんにぶつけてみて大体同じものが返ってきたら、筋としてそんなに間違ってないんだなぁと確認ができる。

 で、先月、同じ話になったのは「大谷はメジャーリーグに詳しかったわけじゃない」という、なかなか面白い切り口だ。ちょっとびっくりじゃないか。石田さんも僕も複数の関係者に裏取りしている。

 日本人メジャリーガーの系譜はマーシー村上雅則を嚆矢とするが、実質的には1990年代の野茂英雄から始まっている。で、野茂以降のプレーヤーには(濃淡はあれど)一つのはっきりした傾向が見られる。トップ級のアスリートであると同時に「大リーグ通」「大リーグオタク」なのだ。インタビューすると舌を巻くほど詳しい。例外は新庄剛志くらいじゃないだろうか。僕は「身体的には体育会系のくせに、文系のハートを持ったチャレンジャー」というイメージを持っている。たぶん日本野球のなかの「変人」たちだ。窮屈な上下関係や経験主義のなかで育ちながら、別の世界観を夢見ている。シンボリックにいうならそれは野茂英雄とイチローだ。開拓者の世代。
 
 それに続くのが松井秀喜に代表される「もっと高いレベルに挑戦したい」という求道者の類型だ。松井秀喜はメジャー挑戦の時期がイチローにほんの少し遅れただけで、同時代の気分を色濃く持ち、切り分けることが難しいのだが、僕は松井を「変人たち=開拓者」とはまた別カテゴリーに分類している。それは「パリーグの異端児」が米球界に挑戦する時代が過ぎて、ついに「巨人の4番」が自らその地位(NPB的なトップシートだ!)を捨てて、「夢」の舞台に出ていく時代になった、という転換点だ。

 その後、日本人プレーヤーの挑戦は珍しいことではなくなる。メジャーは「別の世界観」や「夢」というより、ビッグマネーの稼げる労働市場という感じになる。まぁ、ワールドワイドな基準で考えればそれが本来であり、「別の世界観」「夢」のほうが珍しいのかもしれない。例えば中米、キューバからやって来る選手はたぶんもっと生きることに切実なんだろうと思える。

 つまり、大谷翔平はメジャーが「夢」だというリアリティが色褪せた時代に、もういっぺん大真面目に「夢」を掲げてみせた選手なのだ。新労使協定の適用でざっと200億円を捨てたといわれるマイナー契約でのポスティング移籍を見れば、誰の目にもマネーがモチベーションでないのは明らかだ。類型でいえば松井秀喜に似ているだろう。

 大谷の最大の特徴はキャリアの上り坂の選手だということだ。挑戦時期が若い。日本球界で功成り名を遂げたわけでなく、これから本格化する手前の段階だ。そもそもが高校を卒業して(NPBを経験せず)いきなり米球界に乗り込もうとしていた選手なのだ。日本ハム球団はドラフト時の約束を守り、スマートに彼を手放した。23歳である。あまりの才能に目がくらむけれど、本来を考えれば「未完成」「伸びしろがある」年齢だ。シンプルに言えばこれから変わる選手だということ。そこが先行世代の挑戦者との違いだ。

 で、冒頭の話に戻る。そんな「いきなり米球界に乗り込もうとしていた」選手が、実はメジャーリーグのことをそんなに知らないなんてことがあり得るだろうか? あり得るのだ。大谷翔平は学生時代も、日本ハム時代も、そんなに大リーグ中継にかじりついた形跡がない。ぜんぜん「大リーグ通」「大リーグオタク」ではないのだ。むしろ大リーグ選手のことをろくに知らないくらいだ。これは石田雄太さんと僕が言ってるんだからたぶん間違いない。

 では、彼にとってメジャーはどんなリアリティだったのか。それはイチローという具体的な存在だ。沢山のことは知らない。ただイチローがいる世界、イチローが体現してるベースボールが大谷翔平のメジャーリーグだった。野球少年が見た「夢」だ。「イチロー=メジャー」だった。

 5月のはじめ、突然発表されたイチローのセミリタイア(「会長付特別補佐」就任)と、そしてエンゼルスのシアトル遠征での「大谷・イチロー邂逅」は、その背景があって意味合いを増す。

 「大谷vsイチロー」のマッチアップは実現しなかった。が、2人が同じグラウンドに立つことは大きなロマンだ。MLB公式ツイートは2人が笑顔で言葉を交わす写真をアップした。Passing of the torch. 添えられていたのは「灯の継承」というフレーズだった。

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<えのきどいちろうプロフィール>
1959年、秋田県生まれ。コラムニスト。中央大学時代に仲間と創刊したミニコミ誌『中大パンチ』の原稿が『宝島』編集者の目に留まり、商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを執筆。網羅するジャンルは多岐に渡り、特に多くのスポーツコラムを連載。ラジオのパーソナリティーとしても文化放送、TBSラジオに出演中。

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