日本一クロアチア寄りの町、新潟県十日町市パブリックビューイングで決勝戦を堪能する

日本一クロアチア寄りの町、新潟県十日町市パブリックビューイングで決勝戦を堪能する

えのきどいちろうワールドカップ雑記帳(5)(写真はえのきどいちろう撮影)

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    gooスポーツ編集部
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 決勝戦の日曜日、僕はJ2第23節、新潟×横浜FC(ビッグスワン)の取材で新潟県にいた。これはもう運命である。南魚沼市在住のアルビレックス新潟サポーターと示し合わせて、日本一クロアチア寄りの町、新潟県十日町市へ急行したのだ。

 新潟県十日町市はクロアチア共和国のホストタウンである。2002年日韓W杯でクロアチアチームが事前キャンプを張った場所だ。現在も通称「クロアチアピッチ」と呼ばれる天然芝のサッカーグラウンドが稼働している(このロシアW杯中断期間も横浜F・マリノスがミニキャンプを張った)。正式な施設名は「当間多目的グラウンド」だが、サッカー界にも、県内にも「クロアチアピッチ」のほうが通りがいい。

 まぁ、事情は「カメルーンの中津江村」に似ていると思う。キャンプを通じて草の根国際交流が実現し、特定の国と特定の自治体が縁で結ばれるのだ。十日町市はこの経験を宝物のように大切にする。クロアチア大使館、クロアチアサッカー協会との交流を続け、毎年「クロアチアカップ」と銘打ったサッカー大会を主催してきた。2012年にはピッチ横に(クロアチアの建築家の無償デザインによる)「ジャパン・クロアチアフレンドシップハウス」というクラブハウスを完成させた。国際ユースサッカー大会で来日するUー17クロアチア代表は十日町キャンプを恒例にしていて、若き日のルカ・モドリッチもやってきたそうだ。

 だから、当然のように決勝戦のパブリックビューイングをクロアチア応援一色で開催するのだ。十日町市民文化ホールの階段ホール「段十ろう」にて深夜0時開始の生PVが組まれた。いや、大都市ならともかく人口6万足らずの自治体で、夜中にW杯のPVだ。最高じゃないか。この夜、新潟県に居合わせたのは運命だと思った。僕は自分の人生で過去最大にクロアチア側に立つ覚悟を決めた。市民ホールの皆さん、ドブラ・ヴェーチェル(こんばんは)。

 新潟市中央区のビッグスワンから小一時間、関越道と山道を飛ばして寝静まった十日町市に到着。市民ホールの玄関を入るといきなり赤白の市松模様が目に飛び込んでくる。「WE SUPPORT CROATIA」のポスター、のぼり。職員さんが着込んだレプリカユニ。でっかい国旗。受付で渡される手旗とメンバー表。もう、涙が出そうになる。こんな場所があったんだ。16年前、キャンプのホストタウンを務めてから、純情ひとすじクロアチアを思ってきた。いや〜、続々と集まってくる地元住民のユニ姿がよかった。都内のスポーツバーじゃない。フツーの市民が赤白の市松模様を着ている。「SUKER 9」がいちばん多かったかな。ダヴォル・スーケル。フランスW杯の得点王もまた2002年の十日町キャンプにやって来たひとりだ。現在はクロアチアサッカー協会の会長を務めておられる。

 今回、クルマを出してくれた南魚沼市のOさんは熱心なアルビサポであり、かつ海外サッカーファンだ。2002年当時の話を聞かせてくれた。
「キャンプは仕事の都合をつけて行けるかぎり全部行きました。練習もオープンにしてくれたし、幸福ですよ。毎日行きたいと思いました。ホテルと練習場の移動はフツーはマイクロバスでしょ。クロアチア代表は歩きだったんですよ。道で待ってるとスーケルやボクシッチ、それからペルージャで中田英寿とチームメイトだったミラン・ラパイッチとか、コヴァチ兄弟、ステイェパン・トマス、ダリオ・シミッチなんかが歩いて来るんです。みんな写真を撮らせてくれたり、サインしてくれたり大変フレンドリーでした」

 ロベルト・ヤルニとOさんのお母さん&奥さんという3ショット写真を見せてもらった。「ヤルニ、母、妻」の取り合わせはちょっとなかなかない。ちなみに往時のレアルの名サイドバックは、Uー17クロアチア代表監督としてチームを率いて来日中であり、何と新潟でW杯決勝を見ることになった。

 ロシアW杯の決勝戦が始まる。十日町PV会場はうわずった感情を抑えきれない。ぎっしり席が埋まった。関口芳史・十日町市長も、若山裕・十日町サッカー協会理事長も「我が遠い親戚クロアチアがファイナルの舞台に立った」と挨拶した。「IDEMO! HRVATSKA(イデモ・フルヴァツカ、がんばれクロアチア)」が連呼される。僕なんかクロアチアがクロアチア語では「フルヴァツカ」であることすら初めて知った。ここは日本のクロアチアだ。越後のバルカン半島(?)だ。

 試合はオウンゴールで先に失点、ペリシッチのゴールで同点に追いつく。そのときの十日町PVの弾けっぷりを見せたかった。日本であのクラスの爆発的歓喜が発動したのは、クロアチア大使館と(ヤルニ一行の宿泊する)新潟グランドホテル、十日町PVの3カ所だったろう。だが、PKを与え再びリードを許した後はズルズルと失点を重ねる。さすがに3試合連続の延長戦はきつそうだった。大会を通じ多くの人に感動を与えたクロアチアの「魂のフットボール」はここで息絶えるのか。

 後半24分、マンジュキッチのプレッシングがフランスGK、名手ロリスのミスを誘った。そのままかっさらってゴール。泣けてきた。クロアチアはあきらめていない。すっげぇ、まだプレスで走り切っている。やがてタイムアップを告げる笛が鳴り、フランスのリザーブ選手らがピッチに駆けだして来た。我が遠い親戚クロアチアは敗れたんだ。十日町PVはしばらく沈黙し、その後、盛大な拍手に包まれた。フヴァラ・ヴァム!(ありがとう)。ロシアW杯のチャンピオンはフランスだ。が、ベストチームはクロアチアだった。

※新潟県十日町市は現在、2020年東京オリンピック・パラリンピックのクロアチアチーム事前キャンプ地に名乗りを挙げている。そりゃそうですね。

<えのきどいちろうプロフィール>
1959年、秋田県生まれ。コラムニスト。
gooニュース スポーツコラム「えのきどいちろうの超・大谷翔平ウォッチング!」をはじめ、多くのスポーツコラムを執筆。スカパー!サッカー番組のパーソナリティーも務め、ロシア大会関連番組にも出演。

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